星リアSS『茜空と煙草』



書き終えた書類を放るようにデスクに置いて
はあ、と深い溜め息をつき、席を立つ

窓を開けると冷たい風がふ、と室内に流れ込む
懐から出した煙草に火を点け
肺いっぱいに煙を吸い込み、ふうと吐く

ぼんやりと煙草の煙を目で追う
ゆっくりと上っていった煙は
真っ赤に染まった夕焼け空に溶けていく


燃えるような赤――彼女の髪と同じ、赤。


疲れた思考がぐるぐると回り始め
ひとりでに連想ゲームが始まった

空を見て今はいない女のことを思い出すなんて
これではまるで恋でもしているようではないか

いやいや、と首を横に振る
彼女――リーシャに抱いている感情は
恋なんかじゃない
“憧れ”と言ったほうが正しいだろう


俺にとって、リーシャは

死にかけの俺を救ってくれた恩人で
一人で生きていく術を教えてくれた人で
年上の癖に少し世話の掛かる姉のような人で
誰よりも強く負けを知らない人で


いつか肩を並べたい、憧れの人だ。


…思えば
この煙草の味を教えてくれたのも、彼女だ。

今の俺を形作るものの大半が
彼女が与えてくれたもののような気がして

そもそも彼女と出会えなければ
…この命すら、とうの昔に失っていたのだから。

俺にとっての彼女という存在の大きさを
改めて思い知らされたような気がした


“憧れと恋心は近いところにある”
と誰かが言っていた
確かに相手を想うという点では近いだろう
だがこの感情を“恋”と言われるのは癪だ、と思う
…なによりリーシャ本人にからかわれそうだ

…あいつは今頃
どこで何をしているのだろう
同じ様に赤く染まった空の下で
ぼんやりと煙草でも吸っているのだろうか

『ちょっと遠くまで行ってくる』
そう言っていつものように
笑って出掛けていった彼女は
そのまま帰って来なくなった

なぜ行き先も告げずに行ったんだ?
一言くらいあっても良かったんじゃないか?
俺やカイラが何とも思わないと
本当にそう思っているのか?

…文句の一つも言ってやりたい

いつもなら美味く感じる煙草の味が
ただただ苦々しく感じる


…俺に実力が足りないから
何も言わずに、彼女は――


――突然鳴り響く機械音。
机の上に置いたままだったPHSの呼び出し音で、
一気に現実に引き戻される。

吸いかけだった煙草を灰皿に押し付けて
PHSを取りに行く

「はい。こちら猫の手……依頼か」

詳細を送るよう伝え、電話を切る


…そうだ。
今の俺にできることは、
彼女が帰って来るこの居場所を
“猫の手”を守ることだけ。

この場にいない彼女が
何を考えているのかなんて分からない。

けれど、こう考えてはどうだ?
“俺を信頼してくれているから
この店を任せてくれたのだ”――と。

都合が良すぎるだろうか?
…いや、後ろ向きな俺が前に進む為には
これくらいがちょうどいい


日は傾いて
赤く染まっていた空には藍が混ざり始めていた
そろそろ賑やかな相方が帰って来る頃だろう
…夕飯でも作っておいてやるか


いつあんたが帰って来ても良いように
相方とこの店は俺がきちんと面倒見といてやる

だからどうか
いつかまた


帰ってきてくれ――リーシャ。


雨と星と蛍

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